カナダのブリティッシュコロンビア州の片隅に、「ゴールデン」という小さな町がある。
キッキングホース
そこには「キッキングホース・マウンテン」という山がそびえ立ち、冬になると一面の銀世界へと変わる。空気は肺の奥まで凍りつくほど冷たいのに、不思議と心が自由になる気がした。

「……よし、行くか。」
なんて、いかにも気合を入れた風に言ってみたものの、実際のところ、俺はただスキーウェアに着替えるのに四苦八苦している初心者にすぎなかった。いや、ほんと、この装備、なんでこんなに重いんだよ。

ゲレンデの入り口に立つと、冷たい風が頬をかすめ、遠くからスキーヤーたちの楽しそうな声が聞こえてくる。俺も彼らみたいに滑れるようになるのだろうか――そんな淡い期待を抱きつつ、意を決して足を踏み出す。
……が、五秒後には雪と顔面が親密な関係を築いていた。
「ぐああああっ!」
……早すぎるだろ、転ぶの。
頭の中ではイメトレ完璧なはずなのに、現実の俺はどう見ても下手くそなコメディキャラだった。数えきれないほど転んでは、無様に雪にまみれる。止まろうとすれば尻もちをつき、バランスを崩せば無様に転がる。それでも、不思議と楽しくなってくるから不思議なものだ。結局、こういうドタバタも旅の醍醐味ってことなんだろう。

ひと休みしてから、俺はゴンドラに乗り込んだ。ゆっくりと高度が上がり、眼下には白銀の世界が広がる。ゲレンデを滑る人々の軌跡はまるで真っ白なキャンバスに描かれる筆の跡のようだ。ゴンドラが上がるにつれ、視界はどんどん開けていく。ゴールデンの街並みは雪に包まれ、まるで童話の世界に迷い込んだかのようだった。

「……思った以上に、すごいな。」
山頂に到着すると、そこには果てしなく続く白銀の峰々が広がっていた。太陽の光が雪面に反射し、キラキラと眩しい。バンフの壮大な景色も素晴らしかったが、ここにはまた違う神聖な美しさがある。

山頂には「イーグルズアイ・レストラン」というログハウス風のレストランがあり、入り口には風鈴がかかっていた。風に揺れるたびに、澄んだ音色が響く。

店に入り、俺はホットチョコレートとプーティンを注文した。どちらもカナダでは定番のものだが、こんな絶景の中で食べると、別格の美味しさに感じる。冷えた体が温まるにつれ、じんわりと幸福感が満ちていく。
「……これは、最高だな。」
この瞬間を残しておきたくて、俺は持ってきた4×5の大判フィルムカメラを取り出した。ファインダー越しの世界は、目の前の景色と何も変わらないはずなのに――それでも、この感動までは記録しきれない気がした。

山を下りたあと、俺はコロンビア川のほとりへ向かった。氷が少しずつ溶け始め、川の流れには春の気配が混じり始めている。冬の終わりが近づいていることを、さりげなく教えてくれているようだった。

夜になり、「ターニング・ポイント」というレストランに立ち寄る。そこで俺はスペアリブを注文した。少し値は張るが、自分へのご褒美としては十分アリだろう。一口噛みしめると、濃厚なソースが口いっぱいに広がり、スモーキーな香りが鼻をくすぐる。この瞬間、異国の地にいるという寂しさは、ほんの少しだけ薄れた気がした。

思い返せば、最初にゴールデンに来たときは「こんなところに何があるんだ」と思っていたのに――今ではすっかり、この町が気に入ってしまった。
転び、もがき、それでも立ち上がる。この旅はまるで人生のようだ。何度も挑戦し、何度も失敗しながら、それでも新しい発見がある。
「次の旅では、何が待ってるんだろうな。」
答えは、きっと未来の俺だけが知っている。
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