旅の始まり
七月の朝。夏とはいえ、カナディアン・ロッキーの空気にはまだ夜の冷たさが残っていた。空は厚い雲に覆われ、山々は静かにその姿を沈めている。
Rider Express のバスが Lake Louise Villageに到着すると、私はカメラと小さな荷物を手に歩き出した。
小さな町にはレストランや土産店が並び、旅人の足を止める。書店で手に取ったのは、ロッキー山脈の風景写真集。ページをめくるたびに、雄大な自然の姿が広がる。しかし、ふと空を見上げると、分厚い雲がその光を遮り、今日の撮影は思うようにいかないかもしれないと、不安がよぎった。
ルイーズ湖へ
湖へ向かう小道を歩く。松葉と湿った土の香りが、旅の始まりを告げる。足元に広がる道は昨夜の霜でしっとりと濡れ、靴跡が柔らかく刻まれた。

やがて視界が開け、目の前に広がったのは、氷河が生んだ湖 Lake Louise。その水面は氷河湖特有の青緑色を帯び、まるで翡翠のように静かに輝いていた。しかし、今日は光が足りない。雲が低く垂れこめ、湖面に映るはずの光と影は、どこか淡く輪郭を失っている。

対岸にそびえる Mount Huber の氷河は、霧の中にかすかにその姿を見せる。かつて白銀に覆われていたはずの山肌は、今はわずかに残る雪とともに、遠い記憶を語っているかのようだった。
湖の縁を歩きながら、私は何度もシャッターを切る。しかし、思うような色彩は得られず、光と影が織りなす劇的な瞬間は訪れない。Fairmont Château Lake Louise の白亜の建物が湖畔に佇み、その奥には雪の消えたスキー場が広がる。

撮影を続けながら思う。「私は光を探しすぎていたのかもしれない」。
想像のモレーン湖
ロッキーの中でも最も息をのむような風景が広がる場所、それが Moraine Lake。この湖は十峰の山々(Ten Peaks)に囲まれ、澄み切った湖水がそのすべてを映し出す。

しかし、環境保護のため、一般車両の乗り入れは禁止されており、訪れるには Parks Canada のシャトルバスを予約するか、秋に運行される Roam Transit 10号線 に乗るしかない。

秋の Moraine Lake を想像する。金色のカラマツが山を覆い、雪を抱いた鋭い峰々が空に突き刺さる。陽の光は山肌を照らし、鋭い岩稜の陰影を際立たせる。青緑の湖水は、そのすべてを静かに映し出す——まるで大地が描いた一枚の絵のように。
だが、今回はその景色を見ることは叶わなかった。ただ、心の中でその光景を描き、いつかこの目で確かめたいと願うばかりだ。
帰路と旅の意味
午後三時、Roam Transit 8X に乗り、バンフへ戻る。町に着くと、真っ先に Canada Goose へ向かい、赤いニット帽を購入した。アルバータ州の消費税はわずか5%と、カナダ国内で最も低い。旅の記念として、手に取ったその温もりが心地よかった。

そして、夕方六時の On It のバスでカルガリーへ戻る。
バスの窓から過ぎ去る風景を見つめながら、ふと気づく。私はいつも遠くの壮大な景色ばかりを撮ろうとしていた。しかし、旅の本当の記憶は、足元に転がる小石や、道端に咲く小さな花、風に揺れる草のささやきの中にもあるのではないか。
光を追い求めるだけではなく、その影の中にも物語がある。
私は次の旅で、もっと目の前の小さな世界に目を向けてみよう。
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